Londonリポート Vol.4 日本代表
ロンドンに住んで、約一ヶ月。
住まいが決まり、生活が何となく落ち着いてくると次なる壁が私の前に立ちふさがった。
“言葉の壁”である。
イギリス人からしゃべりかけられると全く理解できず、私はにこにこ笑っているしかできない情けない日本人になってしまうのである。テレビのニュースも理解できず、雨が降ってきても傘を持っておらず、傘を持って出かけると雨は降らない・・・なんて、天気予報も最新のニュースも知らない情報難民になってしまっている。これじゃまずいと語学学校に通うことにした。
語学学校が通い始めてしばらくたったある日、同じクラスで隣に座っていたブラジル人のロベルタが私にこう話しかけてきた。
「ねえ、アヤコ、スシはしってる?」
寿司は日本食の代表格。
私は日本人。もちろん寿司は知っている。
「もちろん!」と私が答えると、
ロベルタは、
「私、寿司は大好きなのよ。ヘルシーだし、とってもおしゃれ!」
そう、日本食が今やロンドンでは大人気。
街の至る所に、回転寿司や日本食もどきを食べさせる店がある。
日本食は西欧の食事に比べ油をあまり使わず、健康食として人気が高く、しかも美容にもよい。
流行を先取りした人が、食べに行く、クールでおしゃれな料理なのである。
「私も大好きよ!」と韓国人のソニンが話に入ってきた。
「キュウリが巻いてある・・・」
「ああ、カッパ巻きね」
「あ、そうマキマキ!!」
ロベルタは、”マキ”という言葉の響きが気に入ったらしい。
「私、カリフォルニアロールが食べたいわ!」とソニン。
カリフォルニアロールとは、日本にいると決してお目にかかることはないのだが、ロンドンのスーパーでは日本食の寿司の代表格として総菜コーナーに並んでいる、中にアボガドやスモークサーモンが入ったアメリカ生まれの人気の寿司である。私も見たことはあるが食べたことはない。
「あのネバネバしてるのもおもしろいわよね。」
「ああ、納豆ね」
「それじゃ、決まり!アヤコ、今度マキマキの作り方を教えてよ!!」
「!!?」
2人はスシの話で盛り上がっているかと思いきや、とんでもない提案をしてきた。
私は日本人だから、もちろん寿司は何度も食べたことはあるけれど、家で作ったことはない。
ちらし寿司や手巻き寿司なら作れるのだけれど・・・・と説明しようと、
私が頭の中で必死に英語に変換していると、
ロベルタが、 「水曜日の夜、私の家でマキマキパーティーをしましょうよ!」
と、私の頭の中でできあがりつつある英作文も空しく、
私は作ったこともない寿司を2人の外国人に教える日本人代表になってしまった。
こうなったら仕方ない。
私も日本人の端くれ。なんとか2人の外国人に寿司の作り方をおしえなくっちゃ!
家に帰るとインターネットで、早速寿司の作り方を調べ、食べたこともないカリフォルニアロールについて学び、日本にいる実家の母に電話をし、寿司の作り方とコツを頭にたたき込んだ。
マキマキパーティー当日がやってきた。まずはご飯。
持ってきた炊飯器でお米を炊こうとすると、
「ダメダメ、私は炊飯器は持ってないわ。炊飯器は使わないで!」とロベルタのダメだしが入った。
仕方なく、お鍋でご飯を炊くことに。
”はじめチョロチョロ、なかパッパッ”小学校のキャンプの時の飯ごう炊飯で習った、火加減の合い言葉がおぼろげながら蘇り、なんとかご飯を炊きあげる。
そして、問題のマキマキ。
自宅での2日間に渡る事前特訓の甲斐もあり、
(そのため主人と私は毎日のように寿司の失敗作を食べ続けた・・・)
マキマキパーティー当日、にわか寿司職人の私は、寿司職人顔負けの
カッパ巻き、納豆巻き、カリフォルニアロール、それに加えて、唐揚げ、肉じゃが、みそ汁と腕をふるった。
ロベルタやソニンはもちろん、ロベルタの旦那様や、一人娘ビアンカにも好評で、
私は鼻高々、見事に日本人代表を務めあげたのである。
私のクラスは約10名。
語学学校にはいろんな国の人が英語を学びにきている。
国籍はブラジル・韓国・フランス・イタリア・トルコ・カタール・日本など様々、まさに人種のるつぼである。
そんな中、彼らの知っている日本人は私だけ。私の発言は、日本人の意見として受け取られることが多い。私「豊田彩子」の個人の意見ではない。語学学校という小さな小さな国際社会の中で、私はいつも日本代表なのである。
いろんな国の人から、日本に関するいろんなことを尋ねられる。政治・経済・歴史・文化・・・・。
今更ながら、日本について、もう少し勉強しておくんだったと反省。この歳になって、高校時代の日本史の教科書などを開いているんだから・・・・。
外国の言葉や文化を学ぶことは、
自分の国を見直すことからはじまるのだ。
先日、とある歴史的価値のある寺院の塔に登ったとき、ある日本人カップルが記念として、塔の壁に刻んだ名前を見つけた。周りの人の白い目を気にかけなかったのだろうか・・・。そこに刻まれた名前は、自分たちの記念でなく、日本人の愚かさの証明になるにもかかわらず・・・。
“旅の恥はかきすて”というが、その使い方を決して忘れてはならないと思う。
日本を離れれば私たちは”日本人の代表”なのだから。